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Tag: プチ記事

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「道」とは?

「道」という漢字は、首をぶら下げて歩いたことから生まれた象形文字で、異民族の首を埋めた清められた「みち」を意味する象形文字で、通り道や通路といった意味だけでなく、抽象的な「道理」「情理」の意味も持っています。

万葉歌人の山上憶良は「かくばかり すべなきものか 世間(よのなか)の道」と詠んでいるように、「道」という漢字は、人が善いことと悪いことを判断して正しい行為をするために、守り従わなければならない規範の全体をも表します。

つまり、「道」という漢字は、日本の文化において非常に重要な役割を果たしています。例えば、道徳や法律といった概念において、「道」という漢字が使われています。そして、日本の古来からの文化においても、「道」という漢字が重要な役割を果たしています。

例えば、茶道や華道といった伝統文化において、「道」という漢字が使われています。「道」という漢字は、学問や芸能などの専門分野を極めていくことも指します。これは、古くからの使われ方で、平安時代ごろからあったと考えられます。ある分野を修業して極めていくことを「道」と呼び、これによって、「茶道」「華道」「剣道」「柔道」などの呼び方がうまれました。

茶人・千利休は「茶道」ではなく「茶の湯」と表現しました。千利休が茶道を「茶湯」と呼んだ理由については複数の説がありますが、一つの理由としては、「湯(ゆ)」という言葉には水や湯を使う行為を含み、茶道において水を沸かし、茶を点てることが重要であるため、「茶湯」が茶道の本質を表現していると考えられています。また、湯を沸かし、茶を点てることによって茶道家と客との間に親密な関係が生まれることから、「茶湯」の表現が選ばれたとも言われています。しかし、「道」には、日本古来の概念が根付いており、西洋文化が流入してきた近代にも、「道」という言葉を使うことが好まれ、茶道と呼ぶのがよいかと考えられます。

神は細部に宿るという言葉がある一方で、木を見て森を見ずという言葉もあります。茶の湯と言うのは前者じゃないかと思うのは私だけでしょうか。極めていくという道という言葉の意味合いを噛み締めたいものですね。利休は、そのこだわりで身を滅ぼしたようです。秀吉一族も同様でその上を行くようですが。いずれも道の構えがあれば、違った歴史が刻まれたかも知れませんね。

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